児童虐待、身近にいませんか

 昨今児童虐待「ネグレクト」というのでしょうか、何かしらの形であちこちで聞くことがあります。

何を隠そう私の母親もその一人でした。母は言いました、「私が叩いたりするのは小さい頃に自分の母に同じ目に合ったからだ」と。

 私はその母と祖母(母の実母)によく叩かれたり、足蹴にされました。彼女たちは感情に任せて抑えきれないのです。子供はあなたの体罰など求めていません。愛情をもって抱きしめて欲しいのです。

自分がその立場になった時の想像が出来ないのでしょう。

こんな話を聞きました。

ある母親は好きな人が出来ました。しかし恋人になると「お前の子供は俺に懐かない」と言い母親に躾と称し、平手打ちで何度もたたいたそうです。その子は8歳の女の子で叔母に助けを求めたそうですが母親から引き離されたと。

母親は仕事が忙しく、気が立っているのでしょうか。言われること全てに対し反発してしまい、娘が何処とも連絡を取れないようにしてしまいました。そうすると隠れて電話をするようになったそうです。

ここまで来てしまうと最悪親権はく奪せざるを得なくなります。親族であればそれは可能です。しかし、ここで親には気づいて欲しいです。

私の話。

私は子供が一人います。しかし誓って叩いたことも足蹴にしたこともありません、そんな事人にしたくないのです。

だから母のいう事は詭弁にしか聞こえませんでした。都合のいい嘘です。

人には理性があります。それが人によって無くなるように見えますが、実のところは違います。

自分が正しいという言い訳で、思ったように対象者を操作する。もしくは発散のはけ口にしたくなるのです。

最近までに小林麻耶さんのブログと元夫である國光吟さんのブログで姪と甥に関することが書かれています。事実であれば、いくらわが子といえどやめて欲しいですしそういった事で苦しめるのではなく、子供にのびのびとさせてあげる環境を作ってあげて欲しいです。

 うちの子は優しい子に育ってくれています。友達がいじめられていれば寄り添い、立ち向かい、私たちが忙しくしているとお風呂掃除や皿洗いなんかもやってくれるようになりました。私が小学5年生の時分はそんな事したことありません。

自発的行動とは率先して「助けたい」と思うものと「褒められたい」と思うもので大きく変わってきます。

どちらも承認欲求はありますが、褒められたい場合の相手により「恐怖」の感情から愛情に代わって欲しいと思う強い欲望があるのです。

これでは長くは続きません。いつか限界が来ます。

だからこそ弱い立場の子供の視点に立って大人が温かく育てることが重要になるのです。時に厳しく、時に優しく。

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投稿者: mgmafamily

1975年生まれ。 妻と息子、そして2021年9月からポメラニアンのワンコを迎え3人と1匹の家族です。 趣味 ガンプラ、音楽鑑賞、読書、小説作成 好き 家族、食べる事、調べる事、ガンダム 嫌い 根拠の無い批判、ラッキョウ、口だけの人

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