東日本大震災から11年

あの日

今でもはっきりと覚えています、あの時息子は妻のお腹の中に居ました。妻は親戚から内職の手伝いを頼まれ私の会社の近くで働いていました。

私もいつものように会社で仕事をしていると「グラ、グラ、ズズン!」と社内が大きく揺れました。実は中越地震の時に現地に手伝いに行ったことがあったので(あの縦揺れより大丈夫か?)と不安になりながらも部下を誘導して外へ。

当時の社長はこういった時に「仕事より安全が優先」な人でしたので全員の安否を確認後に揺れが収まった段階で強制帰宅。

あれは本当に感謝しています。

その後に妻の元へよると、全く変える様子もなくでした。

そんなものなのかもしれませんね。でも【万が一】はいつどこで起きるのかわかりません。

私は「出来るだけ早めに帰ってね」と告げ、ガソリンを詰め、非常食などを揃えに。

帰ってもご飯を作れる状況かどうかわからなかったもので。

帰宅してテレビで状況を把握しようとした時のあの光景は忘れられません、地獄絵図そのものでした。大きな津波によって飲み込まれる街、仙台に親戚がいたのですが心配でも連絡が取れず。

写真はイメージです。

全国で一万五千人もの方が亡くなったんですね。

未だに福島の街には解体できずにあの時のまま残った建物が残っています。未だに終わらないのだそうです。

ウクライナの方々も心配なのですが、地元に帰っても金銭の関係で住むところを確保できない人もいると聞きます。高齢でお子さんがいない方などは誰に頼ればいいのか分からなくなりますよね。

こんな時に年長の方の経験や、知識を生かした事業などを立ちあげてくれる方などが多ければ光明もさすのではないかな、と思います。

必要な用意を

私はそこまで収入が多いわけでは無いので、妻と話しながら少しづつ災害時の為に準備をしています。勿論災害など起きてほしくありませんが。

ポータブル電源、ソーラーパネル、ランタン兼懐中電灯など、中々一気にそろえるのはこの状況では難しいですね。

コロナは中々落ち着かず、こんな時にロシアはウクライナを攻め、何を考えているのか。

皆さんも少しでも準備をしておいてください。

ではまたお読みいただけることを励みにさせていただきます✨

投稿者: mgmafamily

1975年生まれ。 妻と息子、そして2021年9月からポメラニアンのワンコを迎え3人と1匹の家族です。 趣味 ガンプラ、音楽鑑賞、読書、小説作成 好き 家族、食べる事、調べる事、ガンダム 嫌い 根拠の無い批判、ラッキョウ、口だけの人

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